別れの原因となる、歩み寄れない「価値観の違い」とは

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別れの原因の代表的なものに「価値観の違い」がある。

お互い好きでも、これが原因で別れることは少なくない。

離婚原因の一つの「性格の不一致」というのも、価値観の違いが包含されている。

元来、他人と性格が一致するわけがない。価値観やそれに伴う考え方が違って合わず、性格が合わないと感じることを「性格の不一致」というのだ。

つまり、離婚原因にも価値観の違いが大きな割合を占めている。

価値観ってそのくらい重要なもの。

では、価値観とはいったい何なのか。

それは、「何に価値があるか」というものの見方のこと。

何に時間を、お金を、かける価値があるのか。何かをどれだけ大切に思っているか。何が自分にとって重要か。そんなこと。

価値観は違って当たり前

価値観は育った環境やこれまでの経験などで形成されているため、各々異なる。同じ人はいない、違って当たり前。

ただ、家族は価値観が似ている。生まれてから親の価値観で生きてきたのだから、自然と似てくる。

家族以外にも価値観が似ている人はいる。

それは、家庭環境や生活レベルが近い人。同じような環境で育てば、物の見方や考え方、当たり前だと思うことが似てくる。家族同様、価値観が似ている部分も多いはず。

価値観が違うとどうなるのか

価値観が違うとは、即ち考え方の違いでもある

相手の行動や考えが理解できない。

「これが大切じゃないの?」「こんなところに時間をかけるなんて」「お金の使い道がおかしい」

相手の意見に納得できない。

「私はこうしたいのに」「私はこう思うのに」

そして、不満が募る。

話し合いにならない

話し合っても、違いすぎて理解できず、話し合いにならないことがある。

話し合いとは、意思が伝わることが前提である。意見を受け入れるなどの前に、相手の言うことが理解でき、気持ちが伝わらないと成り立たない。

「言ってることが全然通じないし、理解してくれない。こんなに言ってるのに気持ちも伝わってない。私の人生では、これがとっても重要なのに。あなたがどうして分からないのか、分からない。」

「そんなに重要なことか?俺にはそうは思わない。そんなのお前のわがままだろ、全く理解できない。」

そして、根本的な考え方が全く合わない、話し合いにならない、と感じるのだ。

価値観が違う二人が共に人生を歩むには

なぜ付き合ってから価値観の違いに気づくのか

好きな人と一緒になるとき、多少の価値観の違いなら歩み寄れると思い、スルーする。

それに、最初からその人の全ての価値観は分からない。一緒にいるうちに、結婚してから、子どもが生まれてなど、その状況になって初めて分かるものもある。

そもそも、歩み寄れないほどの大きな違いがあれば、付き合うことはなかったかもしれないが、人の頭は都合のいいように、気づかないようにできている。

好き真っ盛りの時は価値観の違いなんて気にならない。好きだから、それすら愛しいと思う。

けど、恋愛モードはいつまでも続かない。少しずつ現実に引き戻されるとともに、自分にかけていたフィルターが薄くなっていく。相手の隅々まではっきりと見えてくる。

相手としっかりと向き合えば向き合うほど、価値観の違いが気になってくる。

長年連れ添った夫婦は価値観が似てくるのはなぜか

夫婦だからと言って最初から価値観が似ていたわけではない。

パートナーと出会った時から今の今まで価値観の違いに悩んだことのない人は、なんてラッキーなんだろう。そんなに相性にいい人と出会えたのは奇跡に違いない。

一緒に暮らし、人生を共にする。いろんなことを共有し、共通する部分が増えていく。

すると、譲れない部分や大切な部分が似てくる。親兄弟と価値観が似ているのと一緒だ。

さらに、お互い一番大切なことが「一緒に人生を歩むこと」であれば、大抵の違いは歩み寄れる。「一緒に人生を歩むこと」の前では、他の価値観が重要ではなくなってしまうのだ。

そして、人生を共にするうちに、相手の考え方も理解できるようになり、相手の価値観に対して「その価値観もありだな」と思ようになる

お互いを必要とし、価値観の違いを理解し、歩み寄ることが不可欠

全く別の人間同士が人生を共にするってかなり難しい。

「価値がある」と思うものが違うわけだから、優先順位も大切だと思う部分も違う。さらには、どうしても譲れない部分が違う。

一昔前であれば、女性は家庭に入り夫を支えるという構図だから、価値観の違いは生活のために我慢して当然のものだった。そして、人生を共にするうちに、かけがえのない大切な人になっていく。

しかし、女性の社会進出が進み、男女それぞれが自立できるようになった現代では、価値観の違いを我慢してまで一緒にいる必要がない。

お互いを必要とし、価値観の違いを理解し、歩み寄ることができなければ、人生を共にすることは難しいのだ。

歩み寄れない価値観

「歩み寄る」とはどういうことか

大抵の価値観の違いは話し合いで何とかなるし、歩み寄ろうと努力するはず。

相手に言わずに悩んでいる人は、まず話し合ってみよう。「なぜそう思うのか」まできっちり話し合って、共有する。そしてお互いが納得できるところで譲歩する。それが歩み寄りだ。

だが、どうしても歩み寄れない価値観もある。

話し合ってもどうしようもなく、「一緒に人生を歩むこと」よりも重要なこと。

それは、人生において「譲れない価値観」だ。

譲れない価値観とは

価値観って漠然としていて難しいから、イメージしやすく言ってみる。

NO MUSIC NO LIFE

このMUSICの部分だ。

人それぞれ違うし、他人からすれば「そんなこと?」って思われるかもしれない。

これなしでは生きていけない。これが奪われれば自分の人生ではない。

という、人生に必要不可欠なもの。

そんなに大切なことに折り合いをつけるなんて無理。

人生を投げ打ってでも、全てを捧げてでも「一緒にいたい」と思わないと歩み寄れない。

なぜ歩み寄れないのか

「譲れない価値観」が、相手にとってどうでもいいものであり、理解を得られず、否定されたとする。

それは、自分の大切にしているものが否定されたということ。自分自身が否定されたような気持になる。

「どうでもいい、そんなこと」「理解できない」

どうでもよくなんてなるわけない。どうして分かってくれないの。だから歩み寄れないんだ。

勉強は大切だと思う私と、勉強なんてしなくていい、むしろするなんて馬鹿馬鹿しいと思うあなた。

向上心を持つのが当たり前と思っている私と、向上心は必要ない現状満足なあなた。

家族のために仕事を頑張ることが大切だという私と、それよりも自分の時間が大切だというあなた。

家族や友人、同僚を大切にしたい私と、それを良しとしないあなた。

頑固で結構。他のことは譲れても、これだけは譲れない。

そんな部分が正反対なとき、お互いに歩み寄ることは出来ないみたい。

自分の大切なものを「大切だ」と思ってくれる人一緒にいたい

自分が大切にしているものを否定する人とは一緒にいれない。

「大切だ」と思ってくれる人、理解してくれる人と一緒にいたい。

そう思うのはごく普通のこと。わがままじゃない。

話し合いで歩み寄れない「価値観の違い」で別れることもある。

出来ることならわかり合いたい。けど、それが出来ないから別れるんだ。

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